過去ログなり。

 

ホーム > 過去ログ
<今日のなりなり>
2003年1月1日〜7日

 

2003年01月07日 (Tue)
「1月なのに松茸かぁ」。
全国58エリア、約883万部発行されているというタウン誌「サンケイリビング」の一面に掲載されていた「200グラム入りの松茸」が6人に当たるプレゼント記事をチラッと見ながら、「こんな時期外れの松茸なんて美味いのかいな」と思っていたなりよ。
まあそうは言っても松茸なので、当たったら嬉しいのは確か。
新春一発目にニクいプレゼントを用意するなぁ、と思っていたら。
あれ?
「松茸」と書かれたその横に、「(マツキノコ)」と書かれているなりよ。
マツタケではなくマツキノコ?
以下、プレゼント記事からの引用なり。
--------
「今の時期にマツタケ?」と思ったら・・・。そうです、これが広島産のマツタケ菌にシイタケを融合させた話題の新品種・マツキノコ。焼いても生でも、あのマツタケの風味が楽しめちゃう。
まだ市場に出回っていないこのマツキノコ、ブレイク前に味見したい!
--------
「広島産のマツタケ菌にシイタケを融合」って、そんな新しいキノコが極秘裏に開発されていたとは。
このプレゼント記事には販売価格も記されているなりが、200gが3980円、300gが5980円、500gが7980円。
なるほど、シイタケだけあって、マツタケよりは安いなりね。
でも、シイタケにしては高価。
この得体の知れないキノコについて、コ○助もネットでいろいろと調べてみたなりよ。
ところが「マツキノコ」「まつきのこ」「松キノコ」「松きのこ」と、パターンを変えて検索してみたものの、あまりロクな情報がない。
ほぼ唯一といって良い情報は、「まつきのこどっとこむ」というサイトで販売されていたらしい、ということ。
ただ、このサイトは現在閉鎖しているので残念ながらサイトから購入することはできないようなり。
そんな時はgoogleのキャッシュ機能を使えばある程度閉鎖する前のサイトの姿が見えてくるわけなりが、分かったことは次のようなことだったなり。
・有限会社アリスジャパンという広島県の会社が販売している。
・「松きのこ」は松茸菌80%と椎茸菌20%の新松茸。
・「え!これ松茸じゃないの?と思わず言ってしまう味覚と香り。松茸に限りなく近いきのこ」。
・注文を受けてから栽培する「完全受注生産」(注文から受け渡しまで約4ヶ月)。
ほほう、味と香りはマツタケに近いなりか。
でもなぜにサイトは閉鎖されているなりかね。
「完全受注生産」を巡ってトラブルでもあったのか、はたまた生産が追いつかなくなったのか。
理由は分からないなりが、現時点ではネットからの注文ができない以上、「サンケイリビング」に掲載されている電話番号に注文を出すしか無さそうなりよ。
まだ市場に出回っていないと書かれている以上、恐らく実際に食べたことがある人はほとんどいない思われるなりが、いったいどんな味、香りなのか。
興味をそそるところなり。
例えばマイタケやエリンギがブームになったように、キノコのブームって何年かに一度やって来るじゃないなりか。
マツキノコも、そんな日がやって来るなりかね。
まあ鍋の友にするには、マツタケの偽物のわりには高価すぎるなりね(笑)。
市場に潤沢に出回る日がいつになるのかは分からないなりが、これから注意深く動向を見守って行きたいキノコなり。
皆さんもぜひご注目下さいませ。

2003年01月06日 (Mon)
先日、思いがけずサイモン&ガーファンクルのライブを見たなり。
1981年9月19日にアメリカ・ニューヨークのセントラルパークに53万人を集めて開催した「伝説」のライブ、「Simon & Garfunkel The Concert In Central Park」がNHKで放送されていたなりよ(本放送は昨年11月に衛星第2で放送。コ○助はNHK総合での地上波再放送を見たなり)。
53万人ってどういう数字なりかね(笑)。
東京ドームが5万人。
あそこを一杯にするだけでも大変なことなのに、その10倍なりよ。
「伝説」と言われるのも、頷けるところなり。
サイモン&ガーファンクルはグラミー賞に6度も輝いた、アメリカ音楽界の中でもトップクラスの偉業を達成した大家なりが、1960年代が最も人気のあった時期ということもあって、コ○助も残念ながら詳しくは知らないなりね。
恐らくコ○助よりも若い世代だと、実際に曲を聞いたことがあるという人も、もしかしたら少ないかもしれないなり。
サイモン&ガーファンクルはポール・サイモンとアート・ガーファンクルによる、2人組のデュオ。
1960年代後半に全米チャートを席巻し、チャート1位を記録しまくっていた超人気デュオなり。
1970年にアルバム「Bridge Over Troubled Water(明日に架ける橋)」を発表、サイモン&ガーファンクルとしては過去最大級のヒット&最高の評価を受けたものの、このアルバムを最後に惜しまれつつ解散。
実はコ○助が知っている数少ないサイモン&ガーファンクルの曲のうち、最も好きな曲はやはり何と言ってもラストアルバムのタイトル曲となっている「明日に架ける橋」という曲。
この曲を初めて聞いたのは、1994年に放送された野島伸司脚本のTBS系ドラマ「人間・失格」(出演:赤井英和、桜井幸子、加勢大周、堂本剛、堂本光一。主題歌:サイモン&ガーファンクルの 「冬の散歩道」と「水曜の朝、午前3時」)だったなりが、皆さんは覚えているなりか?このドラマ。
何とも救いようの無いほど暗い、暗い、どんよりしたドラマだったなりが、最終話の最後の最後に流れたなりよ、「明日に架ける橋」が。
ドラマが最後まで重い内容だったので鬱屈した気分になっていたものの、最後に「明日に架ける橋」のメロディを聞いていたら、少しだけ気持ちが救われたような気がしたなりね。
まあドラマがきっかけというのも寂しい話なりが、でも恐らくこのドラマを見ていなかったらコ○助は「明日に架ける橋」という名曲に出会う事も無かったのではないかと。
そういう意味では「人間・失格」に感謝感謝なり。
その後、コ○助の音楽ライブラリーの中では必聴の一枚として「明日に架ける橋」が加わることに。
かつての洋楽の名曲は数あるなりが、コ○助の中では「明日に架ける橋」は確実にベスト3に入っているなりね。
ドラマを見た後に、CDを買って初めてこの曲の歌詞の意味を知ったなりが、簡単に説明すると「君が辛いとき、悲しいときには僕が橋のようになってあげる。明日に架ける橋のように、君を支えていこう」というものなりが、静かなピアノ伴奏のバラードと、この歌詞が相まって非常に泣けてくるなりよ。
普段コ○助は音楽を聴いて感極まることはあまり無いなりが、「明日に架ける橋」だけは別格。
なぜか心を揺さぶる曲なり。
で、そんな「明日に架ける橋」も当然NHKで放送されていたライブで流れていたなりね。
CDでは長年聞いてきた「明日に架ける橋」だったなりが、実際にサイモン&ガーファンクルが歌っている姿を見るのは初めてということもあって、結構衝撃的だったなりよ。
「明日に架ける橋」はラストに歌っていたなりが、画面を見ながらうるうると。
何でなりかねぇ。
別に寂しい、悲しいことは無いのに、心の琴線に触れるなりね。
ところで1970年に解散したのに、なぜ1981年のライブが「伝説」なのかというと、10年ぶりの復活コンサートで、しかも動員力がハンパじゃなかったということが「伝説」たる由縁のようなり。
また、1980年12月に元ビートルズのジョン・レノンが射殺されて以降、初めてニューヨークで行われた大規模なライブということでも、アメリカの音楽史的に重要なライブだったようなり。
まあとにかく凄い人だったのは確か。
あんなライブ、あまりお目に掛かれるものではないなりね。
恐らくコ○助と同じ世代の人なら、「人間・失格」絡みで「明日に架ける橋」を聞いたことがある人も多いはず。
でも下の世代、特に10代になってしまうと、もう分からないかもしれないなりね。
とても良い曲なので、機会があればぜひ。

全くの余談なりが。
1990年の紅白歌合戦。
人気絶頂の宮沢りえが入浴シーンを披露、長渕剛が17分30秒に渡ってベルリンから中継出演、シンディ・ローパーが出演と、今思えばかなり暴走気味の紅白歌合戦だったなりが、この紅白歌合戦にポール・サイモンが出演し、「明日に架ける橋」を熱唱していたのだとか。
う〜む、スポットスポットで宮沢りえや長渕剛の映像は覚えているなりが、ちゃんと見ていたわけではないのでポール・サイモンの記憶が全くないなりよ。
コ○助が中学生の頃なので、しっかりと見ることができるチャンスだったのに惜しいことをしたなりねぇ。
って、コ○助が「明日に架ける橋」と出会ったのが1994年なので、その4年も前の話なので惜しいも何もないなりが。
さらに余談なりが、この1990年の紅白歌合戦にはフィリピンのガリー・バレンシアーノ、ソ連のアレキサンドル・グラツキー、モンゴルのオユンナなどなど、非常に国際色豊かだったなりね。
オユンナは覚えているなりが、後の二人は誰?誰なりか(笑)。

2003年01月05日 (Sun)
うぅ・・・気持ち悪い(涙)。
昨日はてきれつと、毎度おなじみAll About Japanの福士さんに加え、All About Japanの読者の方3人、それにコ○助の計6人でささやかな新年会を行ったなりが、現在午前5時30分、コ○助とてきれつは「気持ち悪い、気持ち悪い」と言いながら漫画喫茶におりますなり(笑)。
いや、別に飲みすぎて気持ちが悪いわけではなく。
現在更新作業を行っている、漫画喫茶に至るまでの経緯を説明するなりね。
まず新年会ということで、東京・池袋に集合し、滞りなく飲み会がスタート。
コ○助もAll About Japanの読者の方3人には以前一度お会いしていたこともあって、今回は緊張することもなく楽しく会話に参加、とても有意義な時間を過ごすことができたなり。
新年会の時間は2時間。
これは新年会シーズンの、しかも土曜日だったので店側が指定した時間だったなり。
終了時間が差し迫ってきた午後8時頃。
飲み会の最後に、何かデザートを取ろうという話になったなり。
コ○助も、最近はお酒を飲んだ後は甘いものがちょっと欲しくなるので、デザートいいなぁ、と思っていたなりね。
すると、どこからともなく、こんな声が聞こえてきたなり。
「じゃあ、デザートは二郎で」。
おいおいおい、二郎って(笑)。
確かに新年会の間、Narinari.comの話題にもなったので、最近話題にしている「ラーメン二郎」のことも話題になったなりよ。
で、でも二郎は明らかにデザートじゃないだろう・・・。
主食にするにも多すぎると評判の二郎なので、とてもお酒でお腹いっぱいの状況で食べられるものではないなりが・・・。
ただ、どうもその場のノリで、二郎を食べに行くことになってしまったなりよ(笑)。
えぇ、コ○助は前日も「よ〜し、新年の二郎始めだ!」と意気込んで二郎を食べに行っていたので、二日連続なりよ。
思えば12月30日にも「よ〜し、今年(2002年)の二郎納めだ!」と意気込んで二郎を食べに行っていたので、この1週間に3回目の二郎ということに。
何か間違っているとは思ったなりが、その場のノリに押されて、コ○助と、コ○助に二郎を教え込んだ張本人のてきれつが先頭に立って二郎に行くことになってしまったなり。
ちなみに、飲み会参加者の6人のうち、二郎経験者は3人で、未経験者は3人。
未経験者のうち福士さんは、もの凄く行くのを嫌がっていたなりよ。
あまり体調が優れないらしく、二郎という単語を聞いたときから、渋い顔をしていたなりね。
でも、他の5人が二郎行きに同意してしまったため、福士さんも止む無く「デザート二郎」に行くことになったなり。
行ってきたのは東京・新宿は歌舞伎町の二郎。
わざわざ池袋から電車で移動なり。
コ○助は2日連続の二郎だったので、ちょっと控えめのメニューにしたなりが、てきれつは何を思ったから「大チャーシューダブルニンニクアブラマシカラメ」を注文。
大、とはすなわち大盛りのことなりが、二郎の大盛りは半端じゃないなりよ。
これ、本当に殺人的な盛りなりね。
で、コ○助もさすがに飲んだ後に食べる二郎は重く、食べた後は若干げんなりしてしまったなりが、やはりというか、何と言うか、「デザート二郎」を食べた6人は全員食べ終わった後、グロッキーに(笑)。
まあ缶コーヒーを飲んでブレスケアを食べたら少しは落ち着いたなりが、昨日の二郎は過去最高に胃への負担が重かったなり。
その後、皆具合悪そうにしながら解散。
コ○助とてきれつはもう少し胃を休めようと思い、漫画喫茶へと入ったなりが、たまたま入った漫画喫茶に、コ○助もてきれつも一度はやりこんでみたいと思っていた「Xbox」が置いてあったなりね。
やばい、やってみたい・・・。
そんな衝動に駆られてしまったコ○助とてきれつは、オールナイトで「すっげー面白い」と専らの評判の「HALO」をやり倒すことに決定。
いやはや、「HALO」。
やばいくらい面白い(笑)。
コ○助もてきれつも、ゲームなんて久しぶりにやったなりが、「HALO」は面白すぎてビックリしたなりよ。
グラフィックも凄いし、ゲームシステムも凄い。
気が付けば5時間近く、2人で「HALO」三昧だったなり(笑)。
他にも「ねずみくす」「Project Gotham」をやってみたなりが、これも思ったよりも悪くない。
「Xbox」も、面白いじゃないなりか、本当に。
ソフマップの1万円福袋に「Xbox」が入っていたという話を聞いたなりが、1万円なら迷わず買っておくべきだったなり。
ちょっと後悔。
そうそう、なぜ気持ち悪いかというと。
もちろん二郎が後を引いているのは確かなりが、一時収まっていた胃の気持ち悪さが、「HALO」の画面揺れによって呼び起こされ、悪化してしまったなりよ。
ゲームに熱中しすぎて、ゲーム酔いをしてしまったなりね(笑)。
バカなりねぇ、本当にバカなりよ、コ○助とてきれつは。
そんなわけで、午前5時半。
いい年した男2人が漫画喫茶でグロッキーになっているなり。
今日学んだこと:「二郎はデザートじゃない」「二郎の後は素直に寝る」「Xboxは面白い」。
実りある一日だったなりが、二郎はもう当分良いなり(笑)。
えぇ、本当に・・・。

2003年01月04日 (Sat)
「焼きミカン」。
ミカン大好きなコ○助なりが、残念ながらミカンを焼いて食べたことは無いなりよ。
特別な調理が必要なわけではなく、ストーブやフライパンなどの上にミカンを置いて焼くだけなので、チャレンジしようと思えばいつでもできそうなものなりが、どうもチャレンジする気が起きない(笑)。
焼きミカンって、美味しいなりか?
日経新聞の週末版に「食べ物 新日本奇行」という企画があるなりが、ここで焼きミカンが取り上げられていたので興味深く読んでいたなりね。
「食べ物 新日本奇行」はこれまで「ソースで天ぷらを食べる地域を地図にする」「おでんに付けるからしや味噌の分布を地図にする」といった企画を行っているなりが、今回のテーマは焼きミカン。
焼きミカンを食べている地域の分布を地図にしようという企画なり。
確かに風邪の時などにミカンを焼いて食べると効くという話はよく聞くなりよね。
ミカン農家のサイトに「風邪のひきはじめに効果的」として紹介されている焼きミカンの作り方を見ると。
Step1 ミカンを皮ごとよく洗って水気をふく。
Step2 そのまま焼き網にのせて、ときどき転がしながら弱火で焼く。皮が黒くなるまで じっくりと焼く。
Step3 あつあつの果汁を絞り、しょうが汁少々を加えて飲む。または、絞らないで丸ごと食べる。
そっと暖める程度に、軽く焙るのかと思ったら、真っ黒になるまで焼くものなりか。
ちょっと想像と違ったなり。
まあこういった特殊な場合にミカンを焼くということは分かるなりが、ミカンを好んで焼いて食べる人は、少なくともコ○助の周囲では見かけたことが無いなりよ。
「食べ物 新日本奇行」では「昭和30年代、高度成長とともに日本人は少しずつ豊かになり家の暖房が整ってくる。それにつれて冬場でもミカンを焼かなくていいようになった」という下りがあるので、昔の人は結構普通に食べていたのかもしれないなりね。
また、焼くと甘みが増すことから、現在のように甘くないミカンが多かった昔は焼くことが多かったのかもしれないなり。
皆さんの周りでは、焼きミカンの風習、あるなりか?
絵的に思い浮かぶのはコタツの脇で付いているストーブの上にミカンを置いて焼くというイメージなので、北の寒い地域の方では一般的なのかなぁ、と思うなりが、どうなりかね。
コ○助もミカンが大量に部屋にあるので、1つくらい試してみようと思うなりが、ハロゲンヒーターでは焼けなそうなので、電子レンジのオーブン機能を使って焼いてみるなりか。
ど、どうか美味しくなりますように・・・。

2003年01月03日 (Fri)
かねてからの公言している通り、東京は浅草、浅草寺に初詣に行って来たなり。
コ○助はこれまで初詣はだいたい元日の夜中に出かけていたので、元日昼間以降の人出がどんなものなのか全く分からなかったなりよ。
ただ、初詣のピークはあくまでも年越しと同タイミングのあたりであって、昼間はそれほど混雑はしていないだろうと、ある程度の予想はしていたなりね。
行ってきたのは2日の夕方5時頃。
浅草駅に降り立ったコ○助が目にしたのは、混雑しまくりのホーム&改札&切符売り場だったなり(笑)。
元日ならいざ知らず、2日の昼間でも世間的にはこんなに混雑しているものなりか、というくらい混雑しまくり。
一瞬浅草寺に行くのが面倒臭くなってきたなりが、ここまで来て引き返すことができるものかと、気を取り直して浅草寺の入り口である雷門へと向かったなり。
浅草寺といえば、雷門から仲見世を通って境内へ続く流れが一般的なので、コ○助も毎年仲見世を通って行く(一応仲見世の両サイドには小道が走っているので、そちらを歩いて境内に向かうことも可能)なりが、ここが非常に狭い通りなのでちっとも人が進まないなりね。
コ○助が過去に年越しと同時の初詣を狙って午前0時頃に行った時には、仲見世から境内までそんなに距離があるわけではないのに、2時間近く並んでいたような記憶があるなりよ。
それくらいの混雑スポットなわけなりが、2日の夕方5時はさすがにそこまででは無かったので一安心。
一応チンタラとながらも流れはできていたし、雷門から境内までは約10分で到達。
ところが、境内がもの凄いことになっているなりよ。
これは毎度のことではあるなりが、賽銭箱までの道のりが非常に険しい(笑)。
賽銭箱から本堂へと続く階段から本堂の入り口部のところがとても狭いこともあって、人が押し合い、へし合い。
お参りを済ませた人が脱出する退路が確保されているわけではないので、賽銭箱に近づこうとしている人たちと、脱出しようとする人たちの間で強引に身体をぶつけ合っているなりね。
酷いもので、子供が人の流れに飲み込まれてはぐれそうになっていたり、泣き出す人がいたりと、かなり殺伐とした空気が流れているなり。
「おら、ちょっとどけよ!」「ふざけんな!痛いよ!」。
えぇ、怒号や罵声が飛び交っていたなりよ。
熱いなり、コ○助の中の初詣のイメージは正にこんな感じなり(笑)。
静かな初詣?静かなお正月?
ノンノン。
コ○助のお正月は、いつも怒号と共にスタートなり(笑)。
コ○助ももみくちゃにされ、持っていた鞄の一部が破壊されるほど酷い思いをしたなりが、一応参拝は完了。
本堂から脱出する際に仲間とはぐれてしまったなりが、今の時代携帯電話があれば、そんなに焦る事もなし。
再集合して、注目のおみくじを引くことにしたなり。
昨年は何度も言うようなりが、「凶」。
お陰で悪いことが重なった一年だったなり(と思い込んでいる)。
浅草寺のおみくじは「大凶」も存在しているようなので、最悪の場合2年連続の「凶」、もしくはさらに悪い「大凶」を引くことになるかもしれないなりが、新年一発目の大勝負。
引いて出たのは・・・「末小吉」。
浅草寺のおみくじの序列的には「大吉」「吉」「半吉」「小吉」「末吉」「末小吉」「凶」「大凶」(この並びで正しいのかどうかは未確認。どなたかご存知の方がいたらぜひ情報を)なので、「末小吉」は「凶」よりも一段階上がっただけなりか・・・。
書いてあることも確かにあまり良くはない感じ。
「願望:半分叶えられるでしょう」
「病気:長期に渡るでしょうが、命にさわりはないでしょう」
「失物:ほとんど戻って来ないでしょう」
「待ち人:遅くなって現われるでしょう」
「新築・引越:良くもなく悪くもないでしょう」
「旅行:ひかえた方が良いでしょう」
「結婚:特に良い結果には至らないでしょう」
「付き合い:ひかえましょう」。
結婚も付き合いもダメ、物を失くしたら戻ってこない、病気も長期に渡る、旅行も行っちゃダメ。
う〜む、難儀な年になりそうなりよ、これ(笑)。
ど、どうか今年も一年良い年になりますように・・・。

2003年01月02日 (Thu)
ナチュラルローソン」って、ご存知なりか?
コンビニの「ローソン」が健康志向をコンセプトに、健康に配慮した商品を揃えた新業態店舗のことなりが、2001年7月11日に東京・自由が丘にオープンしたのを皮切りに、現在までに東京都内に9店舗展開しているなりね。
東京でも大きな街に展開しているわけではないので、その存在を知っていても実際に行ったことがある人はそれほど多くはないのではないかと思うなり。
コ○助もずっと「赤い看板のローソン」としてその存在を知ってはいたなりが、どんな店なのか自分の目で見たことが無かったなりよ。
ところが、最近近所に「ナチュラルローソン」がオープンしているのを思いがけず見つけたので、早速行ってみることにしたなり。
えぇ、この正月は結構時間にゆとりがあるので、散歩がてらコンビニ巡りなりよ(笑)。
不毛な正月とか言わないように。
コ○助の家から徒歩20分。
全然近所じゃないという噂もあるなりが、到着した「ナチュラルローソン」は、やはり「赤い看板」でコ○助を出迎えてくれたなり。
自動ドアを入ると、まず気が付くのがパンの良い香り。
「ナチュラルローソン」では、パンを各店舗で焼いているなりね。
甘いパンの香りが店内に漂っていて、これだけでも普通の「ローソン」とはちょっと違う感じなり。
売り場をウロウロとしてみると、次に気が付くのが生鮮食料品を扱っていること。
野菜や果物が売っているだけのコンビニなら最近は結構見かけるなりが、そういったコンビニと「ナチュラルローソン」が違うのは、産地直送の、生産者の顔写真付の商品を売っていることなりよ。
しかも産地直送の生野菜は収穫日の翌日に販売、カット野菜は収穫後2日以内に販売するのがこだわりらしいなり。
八百屋ならそういったこだわりのお店もままあるなりが、コンビニの業態で実現するのは結構大変なことなのではないかと。
弁当コーナーを覗いてみると、普通の「ローソン」でも売っているおにぎりなどの他に、玄米を主体にしたおにぎり&弁当が販売されているなり。
面白いのが生ジュースコーナー。
透明なカップの中にカットした野菜と果物が一緒に入れられており、専用のジューサーにかけると生ジュースになるというものがあるなりよ。
3種類くらいしか販売されていなかったなりが、コンビニで生ジュース。
ちょっと新しいかもしれないなり。
お菓子コーナーに行ってみると、普通のコンビニで売られているお菓子に加えて、無添加菓子(素材菓子?)のようなものも販売されているなり。
お菓子まで無添加モノを扱っているとは意外。
日用品も無添加の石けんやシャンプー、再生紙のトイレットペーパーなどが棚に並んでいたなり。
と、売っているモノはそんな感じ。
他に「ナチュラルローソン」の特徴としては、バリアフリー設計となっているため、入り口が広い自動ドアになっていて、トイレも段差が無い作りになっているといった具合なりか。
基本的にはコンビニには違いないので、雑誌も当然売っているし、コンビニにあるべきカテゴリーの商品は全て置いてあるように思うなりよ。
なので、仮に完全に「ローソン」が「ナチュラルローソン」に置き換わっても、何ら不満は無いような印象を受けたなりね。
むしろ、置き換わって欲しいくらい(笑)。
いやぁ、正直気に入ってしまいそうだったなりよ。
もう少しイートイン(店内飲食)コーナーを充実させてくれたら、もっと魅力的になりそうなりが、まあコンビニという前提があっての店舗なりからね。
あまり高機能化を期待するのも酷なりか。
これから「ローソン」としても「ナチュラルローソン」の店舗を様子を見ながらどんどん展開していく計画のようなので、いずれ広がって行く日をお楽しみに。
コ○助はわざわざ20分歩いて行くほど「ナチュラルローソン」に行く用事があるわけではないので、そう頻繁に行くことも無さそうなりが、もっと近所にあったら便利そうなりよ。
今後の店舗展開に期待なり。

2003年01月01日 (Wed)
明けましておめでとうございますなり。
今年も無事、新年を迎えることができましたなり。
Narinari.comの運営を始めて最初に迎えたお正月、2000年の1月1日は2000年問題特集を夜通し更新していて、とても慌ただしい新年だったような記憶があるなりよ。
2000年問題、もう3年も前のことなりねぇ。
あ、でも結局2000年問題は大した混乱も起こらずに終息したので、忙しかったわけでは無かったかも。
ただ、夜中ずっとパソコンの前に張っていたなりね。
2回目のお正月、2001年は新世紀突入ということで東京・新宿のアルタビジョン(笑っていいとも!を放送しているスタジオアルタのある建物のビジョン。って、説明するまでは無いなりか)でのカウントダウンに意図せず巻き込まれ大変なことに(笑)。
あれは凄かったなりねぇ。
数千人とも思われる人たちが、それほど広くない広場に集合して一斉にカウントダウンをしていたなりよ。
コ○助はカウントダウンが行われることを知らずに友人と待ち合わせをしていただけだったなりが、30秒前くらいから気が付けば一緒にカウントダウン(笑)。
アルタビジョンでのカウントダウンはこの年を最後に行われていないなりが、そういえば2001年のお正月もコ○助はアルタ前にいたような。
カウントダウンのイベントは無かったものの、自然発生的に多くの人たちがアルタ前に集合。
どこからともなくカウントダウンのコールが起こり、日付が元旦に変わると同時にロケット花火を上げる輩や信号機に上って騒ぐ輩などが続出。
これまた混乱した現場だったなり。
思えばNarinari.com開始以前のお正月を振り返れば、元旦午前3時過ぎにディズニーランドに行ってみたり、羽田空港に初日の出を見に行ってみたりと、慌ただしい思い出ばかり。
でも、今年は珍しく家でのんびりしているなりよ。
実に久しぶりに、家でのお正月気分を満喫しているところなり。
たまには家で過ごすのも良いなりよね。
ダラダラとテレビを見ながら、ミカンを食べて、ゴロゴロする(笑)。
人混みが疲れる歳になった・・・とは認めたくないなりが、混雑する時に、混雑した場所に出かけるのは若い人に譲って、コ○助はもう隠居することにするなりよ。
初詣も、今までは元旦に行くのが通例だったなりが、今年は2日以降に人が減った頃合いを見て出かけることにするなり。
ところで、大晦日は午後11時過ぎまで出かけてしまったので、大晦日の目玉番組は全く見ていないなりが、実は紅白歌合戦と日本テレビのラーメン特番はビデオに録っておいたなりよ、一応。
なぜラーメン特番を・・・と指摘されると痛いところなりが、ま、まあ2台あるビデオのうち1台を稼働させないのももったいない気がしたので・・・。
紅白歌合戦もラーメン特番も共に長時間に渡る番組なので見る時間を作るのが大変そうなりが、とりあえずラーメン特番を更新作業をしながら見ているなり。
コ○助が食べたことがあるお店もたくさん出てきているなりが、自分が大して美味くないと感じた店も多々出ているのが何だか納得いかず。
まあ予想通りの展開ではあるなりが・・・。
ラーメンって他の食べ物に比べると大きく好みが分かれるのでランキングにすること自体に無理があるように思うなりが、まあテレビ受けする店、しない店というのは確実にあるので、こういう番組も成り立つなりね、きっと。
ひとつ救いなのは、春先に放送されたラーメン特番は東京偏重だったなりが、今回の特番は結構全国津々浦々のお店が紹介されていたこと。
って、そんなに語るほどの番組でも無かったので、ラーメン特番の話はこの辺にして。
ラーメン特番を見ながら、先ほど友人と電話をしていたら、何でもイノキボンバイエのボブ・サップが、やはり凄かったのだとか。
ビデオ録るべきは、そっちだったなりかねぇ。
ボブ・サップも見たかったなりが、吉田秀彦の試合もちょっと見てみたかったかも。
ちょっと後悔なり。
ま、何はともあれ2003年に突入。
今年もどうぞよろしくお願いしますなり。