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中央競馬の岸滋彦騎手が現役を引退へ。
02/03 06:51 コ○助


コ○助が最も競馬を見ていた時期に活躍をしていた騎手が、またしてもターフを去ることになってしまったなり。

コ○助が岸騎手を知ったのは1988年のこと。今でもよく覚えているなりが、当時中学生だったコ○助は実際に馬券は買わないものの、スポーツ新聞の競馬欄を学校の友人と共に見入っていた時期だったなりね。1988年の新人として岡潤一郎騎手と共に派手な新人が現われたと騒がれ、武豊騎手に続く若手ジョッキーのニューウェーブの到来かと、当時のスポーツ新聞でも結構派手に取り扱っていたように思うなり。岸騎手はデビュー2年目には1989年のG1エリザベス女王杯を20番人気のサンドピアリスで快勝。翌1990年のG1オークスではエイシンサニーに騎乗して快勝、1991年、1992年G1マイルチャンピオンシップをダイタクヘリオスに騎乗して快勝、1993年にはクラシック最有力と騒がれたビワハヤヒデの主戦騎手として騎乗するなど、順風満帆にスターダムを駆け上がっていたなり。

ところが岸騎手にとって悲劇が訪れたのは1993年1月30日京都競馬場第7レースのこと。岸騎手は同期にして最高のライバルだった岡騎手と同じレースに騎乗していたなりが、岡騎手がこのレースで落馬。頭蓋骨骨折や脳挫傷などの症状で昏睡状態となり、その後他界。この一件に岸騎手はかなりの衝撃を受けたようなりが、さらに追い打ちをかけたのが同日にクラシック最有力と言われたビワハヤヒデの主戦騎手の降板を言い渡されていたこと。立て続けに大きな衝撃を受けた岸騎手はこの後低迷状態となり、ケガもあって以前ほどの輝きを放つことは無くなってしまったように思うなり。

個人的には引退するまで走った50戦中24戦に主戦として騎乗していたムービースターとのコンビが忘れられないなりよ。後方から一気にまくるスタイルが特徴の馬だったなりが、岸騎手の騎乗スタイルを最も顕著に現していたように思うなり。

騎手は2月いっぱいで引退、3月からは栗東の梅田康雄厩舎の調教助手に転身し、将来は調教師を目指すのだとか。岡騎手の遺志を継いで騎手として華々しい活躍をすることはできなかったなりが、今後は裏方として頑張って欲しいものなり。




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